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熊本簡易裁判所 昭和36年(ハ)296号 判決 1964年3月31日

原告 甲田源蔵

右訴訟代理人弁護士 東敏雄

被告 松島清

右訴訟代理人弁護士 楠本昇三

主文

原告の囲繞地通行権を有する地域を別紙第一物件目録記載の土地のうち別紙第二図面表示の(カ)(ヨ)(タ)(レ)(ソ)(ツ)(ネ)(ナ)(ラ)(ム)(ヘ)(オ)(カ)の各点を順次連絡する直線で囲まれた部分に確定する。

原告は前項の部分について通路を開設することができる。

被告は原告に対し前項部分の通行の支障となるべき工作物(別紙第二図面中斜線を施した分。)を除去し、かつ原告の通行の妨害をしてはならない。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用中、鑑定人藤村壬生に支給した鑑定料は三分し、その二を被告、その一を原告の各負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

原告が昭和二十三年七月、被告からその所有に係る熊本市本荘町五六六番の一宅地中、東南方の約三〇坪(以下原告借地という。)を賃借し、同地上に約一三坪の住家を建築居住して現在に至つていること。被告所有の右宅地はもと、二三六坪存したのであるが、土地区画整理のため、昭和二十七年十二月四日、同番所在の一三六坪二合八勺と同四三坪二合五勺の両土地が仮換地として指定されたこと。前者は一四坪二合八勺の過渡分を含み、また後者はその後隣地所有者訴外上村伊吉に譲渡されたこと。原告借地の北側にはもと、概ね東西に走る道路(以下旧道という。)が存し、原告所有家屋は右旧道に沿うていたのであるが、右旧道は昭和二十六年頃土地区画整理の結果廃止されて宅地となつたため、原告の賃借地は全く他人の土地に囲繞せられて公道に通ずる道を有せざるに至つたこと。したがつて、原告が被告所有の本件仮換地(宅地)上に囲繞地通行権を有すること。等の事実については当事者間に争いがない。

なお、当裁判所の検証(第一、二回)、証人緒方直樹の証言、原告本人尋問の各結果によると、被告所有宅地の西南方を概ね東西に通ずる市電通りが民法第二百十条にいう公路であると認められる。

以上の事実によると、原告がその賃借地から公路たる右市電通りに至る間の原告所有宅地(仮換地)上のいずれかの部分に囲繞地通行権を有することは明らかであるといわなければならない。

しかるところ、原告は原告所有家屋の西北端から被告所有家屋の西北側を経て西南方の前記市電通りに出る被告所有地上に囲繞地通行権が存するものとし、同地域中の別紙第二図面表示の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(オ)(ト)(チ)(イ)の各点を順次連絡する直線で囲まれた部分(以下原告主張通路部分と称する。)につき幅員二米の通路開設を求め、被告は右場所は囲繞地のため損害の最も少ない場所とはいえず、かつその幅員としても三尺あれば十分であり二米は必要でない旨主張する。

しかるところ、およそ囲繞地通行権に関する訴訟には、袋地の所有者(もしくは賃借人)において、囲繞地所有者(もしくは賃借人)に対し、右袋地所有者等の袋地利用のため必要で、かつ囲繞地のため損害の最も少ない場所について公路に至る通路を選ぶことの協議を求め、もしそれが調わないときはその確定を裁判所に訴求する形成的な訴の性質を有するものと、既に通路として事実上使用され、もしくは当事者間に通路としての使用方承認に関する黙契等の存する囲繞地上の特定の地域について、それが右囲繞地通行権の存する場所であることの確認を求める確認的な訴の性質を有するものとが存すると考えられるが、原告の本件通路開設等の請求はその弁論の全趣旨に徴し右通路開設の前提として同通路確定方の形成的訴求を当然に包含しているものであることが窺われるので、先ず被告所有宅地中、通行権者たる原告のため必要で、かつ囲繞地のため損害の最も少ない場所はどの地域であるかについて審究することにする。

前記検証(第一、二回)、≪証拠省略≫を総合すると、熊本市当局が土地区画整理のため本件換地処分をした当時、同市係員は当事者から借地権についての届出がなかつたので借地の範囲についての指定は行わなかつたが旧道の廃止によつて原告が公路に通ずる道を失う結果を免がれなかつたのでその代案措置として被告所有宅地中の南側部分を経て西南方の市電通りに出る通路の開設を予定し、原、被告間に種々その斡旋を試み原告に助言して右通路の利用に便なるよう玄関口も被告住家の西南側に附け替えさせたこと。しかるに被告が右斡旋に応ぜず、かつ右通路開設予定線上で右市電通りに面する地域に昭和三十五年八月頃木造瓦葺二階建々物(別紙第二図面表示の(A)(B)(C)(D)(A)の各点を順次連絡する直線で囲まれた部分で現在三陽モータースに賃貸している建物。)を新築してしまつたため右南側部分を経て公路に至る通路の開設は右建物を取り毀さない限り不可能となつたので、現在原告賃借地から右市電通りに至るためには、原告賃借地の西南側から被告住家の縁先や植込み脇等の空地を蛇行状に縫つて西行する地域と、原告賃借地の北側から被告住家の西北側を隣接地の山本農薬株式会社(以下山本農薬と略称する。)及び同三恵工業所(以下三恵工業と略称する。)との各境界線に沿つて前記市電通りに出る地域とのほかにはないことになつたこと等の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

しかして右両地域中、縁先伝いの地域は既設の建物等を削りもしくは取り毀す等のことなくして通路となし得る点において囲繞地のためには損害の最も少ない箇所のように見えるが、右のように縁先き等を通るものであるため被告方の私生活が直接通行者に曝露されることを避けることができず、現在でも確執関係にある(このことは原、被告各本人尋問の結果に徴し明らかである。)原、被告間に斯かる場所について信頼関係の持続を必要とする隣地通行権を設定するということは甚しく不適当であるといわなければならない。

そうすれば次善のものとして、前記の如く原告賃借地の北側から発し被告住家の裏側を通つて市電通りに出る地域についての通路の設定が考えられなければならないのである。

しかして、原告は右通路として前記の如く原告所有家屋の西北端から発して真直ぐ西北方に向い訴外山本農薬所有土地との境界から西南方に折れて市電通りに出る二米幅の地域を主張しているが、これによると被告所有宅地中、その住家の東北方にある空地は右通路によつてその真中辺から概ね東西に分断され、統一的利用が不可能もしくは著しく困難となつて、土地の集約的利用を妨げられることが明らかであるのみならず、原告主張の幅員によるときは前記被告住家同物置一部の除却すべき割合が過大となり、特に被告住家裏側の親柱(別紙第二図面表示の(ツ)点と(ラ)点との中間に立つているもの。)を除去しなければならず、したがつてその損害を過大ならしめることを免れないのである。(右のことは当裁判所の検証、鑑定人の鑑定および被告本人尋問の各結果に徴し認め得るところである。)

原告は右通路の幅員として二米を主張する根拠について建築基準法により市街地における建築物については、公衆衛生ならびに災害防止の見地から建物敷地が二米以上公道に接することが建築許可の要件とされており、右の要件に適合しない敷地上には住家店舗等の建築は禁止されておることを挙げておるが、これらの規定は行政上の目的に出たものであつて現に存する住家への出入を確保するための囲繞地通行権そのものとは関係がないものである。

したがつて、一般的にはその幅員は当該袋地の通常の用法に従つた通行を可能ならしめるものであることを要し、かつそれをもつて足りるものであるといわなければならない。

右見地に立つて検討するに、原告本人尋問の結果によると、原告はその日常生活において、ときどき地金運搬等のためリヤカーを使用し、したがつてそれが通れる程度の道幅を必要としていることが認められるが、被告本人尋問の結果ならびにその成立について争いのない乙第一号証によると、原告使用の右リヤーカーの幅員(車輪と車輪の間隔)は三尺七寸で四尺幅の道路であればその通行が十分可能であり、なお被告住家裏側の親柱の現状を維持して通路を開設するときは同所において取り得る路幅は最大限三尺八寸に過ぎないのであるが右同所附近は隣接三恵工業において被告の請を容れ同会社所有の軒下空地に対する使用を承認するに至つたので実際に通路として使用し得る有効幅員は四尺三寸位あり右リヤーカーの通行には支障のないことが認められるので、本件袋地についてその幅員を決するには右事情も一応の基準として考慮されなければならない。

以上の事実を総合して考えると、原告借地の東北端から発し隣接地との境界線沿いに四尺幅(ただし被告住家裏側親柱附近においては三尺八寸幅)で市電通りに至る通路が人の通行のみならず、リヤーカーの通過も可能にして通行権者たる原告の必要を充たし、また反面、囲繞地所有者の集約的土地利用を妨げず、その住家の除却も最少限にとどめることにより被告に対する損害を最も少なくし得る場所であると判断される。

すなわち、原告借地中、東北側隣接地との境界線(以下「東北境界線」と略称する。)上で、訴外山本農薬との界標(別紙第二図面表示の(カ)点)から東南方へ二七、七二尺(八、四〇米)距たる地点(別紙第二図面表示の(ヨ)点)を基点とし、かつ同点から右山本農薬と原告借地との間の境界線(以下「山本農薬境界線」と略称する。)に平行して左方四尺のところに対側点(別紙第二図面表示の(タ)点)を取つたうえ、右基点から発して「東北境界線」、「山本農薬境界線」ならびに被告所有地と三恵工業所有地との境界線(以下「三恵工業境界線」と略称する。)を逐次連ねて公路に至る線を右側路線とし、前記対側点から発して右側路線に平行して公路に至る線を左側路線とする四尺幅(ただし被告住家の裏側親柱の存在箇所を中心とするその両側方各五寸宛の地域は三尺八寸幅)の通路地域(別紙第二図面表示の(カ)(ヨ)(タ)(レ)(ソ)(ツ)(ネ)(ナ)(ラ)(ム)(ヘ)(オ)(カ)の各点を順次連絡する直線をもつて囲まれた部分)が本件の場合最もよく民法第二百十一条第一項の要件を充足するものと考えられるのである。

尤も右地域によるも被告としては前記住家および物置の相当部分の除却を避け得ず、また原告としても建築基準法所定の幅員不足のため本件賃借地において建物を新築したりすることは事実上不可能となることがあり得る不利を免れ得ないのであるが、これも被告としては前記の如く当初市当局係員から換地後の通路として設定方の斡旋勧告を受けておつたその住家南側の公路に面する土地の多少の空地も残さず一杯に建物を建築して右通路の設定を不可能にした行為の結果として当然甘受しなければならないところであり、また原告としても直接公路に面する土地に比し相当低い利用価値しかない袋地の利用者として、また使用密度(通行頻度)も高くない本件囲繞地通路の利用者として、右程度の利用限界をもつて自足すべきことは、けだし已むを得ないものといわなければならないのである。

そうすると、原告は被告所有宅地中、右地域(別紙第二図面表示の(カ)(ヨ)(タ)(レ)(ソ)(ツ)(ネ)(ナ)(ラ)(ム)(ヘ)(オ)(カ)の各点を順次連絡する直線で囲まれた部分)につき、囲繞地通行権を有するものというべきであるから、同地域について右通路を開設し得べく、被告は右地域上に所有する家屋、物置ならびに便所中の一部(別紙図面中斜線を施した部分)を除去もしくは撤去し、原告の通行を妨害しない義務があるものといわなければならない。

なお、原告は被告に対し右通路の開設行為をも求めているが開設自体は通行権者においてこれを実施すべきものであることは民法第二百十一条第二項の文理に照らし明らかであるから、被告に対し通路開設の給付はこれを求め得る限りではないといわなければならない。

よつて、原告の請求は右通行権確定地域につき、かつ自ら囲繞地通行路を開設する限度においては正当であるからこれを認容し右限度を超える分については失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 石川晴雄)

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